Nov 01, 2010

引越しをして知ることが

引越しをしてわかるのは、引越し費用はどれくらいかかるかということや、どの段階で引越しをするのかということだと思う。私たちは失敗を学ぶことは多いので、挑戦するのはいいのではないかと思う。若い頃の失敗は、将来の有用なので、怖がらずに果敢に挑戦したいですが。
我が家は建築40年の古い民家です。ここ数年、耐震に接触TV番組や新聞の記事に触れるたびに、私たちの家も古いので、リホハジと考え3年前にリニューアルを行いました。その後、この大地震が発生しました。近くの家では、屋根の瓦が落ちたとか、トイレの天井が落ちてきたとか。ずい分被害に会ったのお宅のようでした。幸いにも私たちの家の皿を何枚割っただけで行く、その部分も損傷することなく終わりました。リフォーム時の耐震補強をしっかり丁寧にしてくれたのが良かったと思われます。今も3年前にリフォームを決心したと胸をなでおろしています。
 東日本大震災の被災地に贈るミネラルウオーターを積んだロシア船が25日、浜田港(浜田市)に入港、1・5リットル入りペットボトル3万2256本が一時預かりをする浜田市に渡された。市は倉庫で保管し、順次被災地に送る。
 贈ったのはウラジオストクにあるミネラルウオーター製造会社「スラブダ」と海運会社「フェスコ」(モスクワ)。ペットボトルをコンテナ三つに詰め、ウラジオストクから来て浜田港で中古車を積んで帰る同社の貨物船に載せて運んだ。3月下旬ウラジオストクにある県などのビジネスセンターに「救援物資を贈りたい」と申し出があった。被災地に直接持ち込めないため、貿易で縁がある浜田市が荷受人になることになった。【大西康裕】

5月26日朝刊

【関連記事】
東日本大震災:高野連などが義援金
東日本大震災:日赤、中央募金会が東京などに義援金送金
東日本大震災:黒鷲旗の義援金を寄付
大館市立第一中:寄付しない生徒名を黒板に掲示 秋田
サッカー:ドルトムント慈善試合 1億円超、震災支援に


 松江城周辺で観光案内をしている「松江人力車 粋(いき)や」(松本正代表)が25日、松江市天神町で開かれる「天神市」でも人力車の運行を始めた=写真。今年で13年目を迎える天神市は毎月25日に開かれており、今後も「粋や」の人力車が登場する予定だ。
 乗車時間は約15分で、天神町商店街に並ぶ出店を散策する。松本代表は「昭和レトロを楽しんだり、足の不自由な方の移動手段として多くの人に利用してもらえれば」と期待を込める。
 天神市は、野菜や魚などの生鮮食品から乾物や生活雑貨などが出店に並び、多くの年配客でにぎわう。この日は、天神町ロータリー広場に2台が待機し、人力車を前に記念写真を撮る人も。同市内の佐藤敏子さん(73)は小、中学校時代の同級生と乗車。昭和20年代ごろには人力車をよく見かけたといい、人力車を引く松原里恵さん(30)に話しかけながら乗車を楽しんだ。【宮川佐知子】

5月26日朝刊

【関連記事】
いきいきサークル:島根大学放送サークル /島根
平和のバトン:島根・語り継ぐ戦争 森山俊郎さん/上 /島根
ドクターヘリ:出雲−江津、運用訓練 負担を軽減へ /島根
島根原発:30キロ圏内の自治体、防災会議の初会合 鳥取からも参加 /島根
4地方銀:ビジネス連携へ、覚書−−合銀など /島根


 ◇「早く仕事覚えたい」
 東日本大震災で被災し、福島第1原発の約2キロ北から大田市仁摩町に一家で避難した元大工の男性(61)が、同町で漁師としての生活をスタートさせた。県が被災者支援に始めた緊急雇用事業を活用した漁業での受け入れ第1号で、水産会社の漁船乗組員として定置網漁に従事。これまでと全く畑違いだが「働けることが何より。新しい仕事を早く覚えたい」と意欲的だ。
 福島県双葉町に住んでいた高田義雄さんは約40年大工をし、受注件数激減のため6年前からは自宅横でシイタケの菌床栽培を主な仕事にしていた。地震では自宅と菌床の一部がそれぞれ壊れた。高台だったため津波の被害も受けなかったが、原発事故のため帰宅できなくなった。このため3月に妻と長男夫婦、孫3人の計7人で、避難所から長女の夫で大田市仁摩町の漁業、久保幸二さん(31)を頼り転入した。
 高田さんは大田での職を探していたが、久保さんの紹介などから、家の近くにある五人男(いさお)水産=川原巖雄社長=がJFしまねの要請で臨時雇用受け入れを決めているのを知り、就業を申し込んだ。4月から船に乗り込んで、魚の選別や箱詰め、網の手入れ、修理などの基本を身につける研修を行い、今月23日から正式に就業。雇用期間は来年3月末までで、現在は、定置網漁の母船に乗り込み、毎朝午前5時ごろに仁万漁港を出港。沖約1キロでアジなどを捕って午前9時〜午後1時ごろに帰港、港で漁具の手入れをする毎日だ。
 「住み慣れた福島の自宅に帰り、大工の腕を復興に役立てたいという思いも正直あります」と言う高田さん。「着の身着のままで福島を出て、原発事故の今後も分からない今は、『一からの出直し、人生やり直し』と思い、ここで精いっぱい働きます」と、島根での“第2の人生”に全力を注ぐ。川原社長は「60歳を過ぎての就業だが一生懸命やってくれます。仕事に慣れるのも早いでしょう」と期待している。【鈴木健太郎】

5月26日朝刊

【関連記事】
東日本大震災:震災後初、クロマグロ水揚げ 宮古港
東日本大震災:大型マグロ漁船、海へ帰る…気仙沼
東日本大震災:高台移住計画に漁業の町から反発の声
福島第1原発:茨城漁連、4億円超を賠償請求 漁業団体初
福島第1原発:茨城漁連が賠償請求…東電に4億円余


Posted at 17:11 in Monster | WriteBacks (0) | Edit
WriteBacks
TrackBack ping me at
Post a comment

writeback message: Ready to post a comment.