Jan 16, 2010
事業資金の相談場所は。
当面の事業資金をクレジットカードやカードローン安易に委託することは避けておいた方が良い。そのようなビジネスの資金調達方法は、後で自分を苦しめるだからだ。消費者金融の調達など、もてのほかです。もし、事業資金に悩んでいるようであれば、まず、銀行や地方自治体の相談を見ることをお勧めします。私は1995年前の夫と一緒に有限会社を設立しました。会社設立は初めてだったので、夫にほとんど任せていました。実際にはその後になって、間違ってなくてみると、その時きちんと会社の設立に参画、きちんと手順を覚えて良かったと後悔しました。今回は自分一人で会社設立をしています。すべて自分の責任であるので難しいが、やりがいがあります。
千葉県浦安市のテーマパーク「東京ディズニーランド(TDL)」の新アトラクション「ミッキーのフィルハーマジック」が19日、報道関係者に公開された。
ディズニーキャラクターのドナルドダックとともに「ピーター・パン」などディズニー映画の世界を巡る、約11分間のシアタータイプ3D(三次元)アトラクション。画面に合わせて客席を風が吹き抜け、ケーキの甘い香りが包む特殊効果もあって、五感でディズニーの世界が楽しめる。総事業費は約60億円という。一般公開は24日から。
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16年前のあの日を思い、多くの人々が犠牲者の鎮魂を祈った17日。神戸市中央区の東遊園地で、車いすの石上歩(あゆむ)さん(63)=須磨区=もまた目に涙を浮かべ、竹筒のロウソクにともる明かりに手を合わせた。がれきの下敷きになった足に後遺症を抱える「震災障害者」だが、因果関係は書類上特定されず、行政の調査対象には含まれていない。自身の身体だけでなく、阪神大震災は親や友人を、住み慣れた土地や仕事を、一瞬にして奪い去った。「なんで自分だけ生き残ってしまったんやろう」。16年間自問し続けるその答えを、石上さんは、いまだ見つけられずにいる。【重石岳史】
「歩(ふう)さん、大丈夫か」
ほこりまみれの顔をした隣室の男性にあだ名で呼ばれ、東灘区の自室で意識を取り戻したのは、震災発生から4時間以上が過ぎた午前10時ころだった。造船所下請けの職場に出勤しようと、台所で一服しているときに激震に襲われ、柱とタンスの下敷きになって気を失った。
男性に引きずり出してもらい、はうようにしてベランダに避難した。7階建てマンションの5階。余震のたびに柱がギシギシきしみ、今にも倒壊しそうに思えた。漏れたガスのにおいが鼻を突いた。怖くなって裸足のまま階段を下り始めたが、思うように足が動かない。転がり落ちて両手の小指を骨折した。
男性の車で病院をいくつも回ったが、遺体や重傷者であふれ、とても診断してもらえるような状況ではなかった。1カ月後に左足と腰が骨折していることが分かったが、その時は包帯を巻く程度の応急処置しかできなかった。
中学校の体育館に避難し1週間が過ぎたころ、淡路島の実家が全壊し、米寿を迎えたばかりの父が亡くなったことを、自転車で駆け付けた兄に聞かされた。工場の仲間は震災で職を失ったことから立ち直れず、やがて酒におぼれ、最期は灯油をかぶって焼身自殺した。北区の仮設住宅で知り合った男性は、消費者金融の借金がかさみ、踏切で列車に飛び込んだ。
震災が原因で大切な人たちが次々にこの世を去ってゆく。「生きとってもつまらん。なんもええことあらへん」。自分も手首を切ったが、死にきれなかった。震災で人生が大きくゆがめられた石上さんを取り残すかのように、神戸のまちは復興へ走り始めていた。
骨折した左足は3年後に手術し、警備員などの職にも就いたが、やがてつえなしでは歩けなくなった。06年8月、「下肢機能の著しい障害」と認定され、障害者2級の手帳を取得。翌年から作業所に通い、鍋敷きやアクセサリーを手作りする。
現在の市営住宅は、98年に仮設住宅から移り住んだ。トラックの運転手をしていた20代のころから住み慣れた東灘区には戻れず、近所付き合いもほとんどない。独身で誰と会話をすることもなく、数十棟が建ち並ぶ集合住宅の一室にひとり暮らす。
県と神戸市は昨年、震災障害者の実態調査に動き始めたが、石上さんは調査対象から漏れている。震災から10年以上が過ぎて身障者手帳を取得しているため、震災との因果関係が特定できないためだ。震災後の混乱などで診療を受けられず、石上さんのように対象外となっている障害者は相当数に上るとみられている。
周囲から孤立し、さらに障害者になって心が折れそうになることがある。10日ほど前、中年男性に歩道を空けてもらうよう頼むと、「誰のおかげで飯食わしてもらとるんや」とののしられた。「誰も好きで障害者になったわけやない。自然災害やから何を恨むこともでけへんけど、悔しい」。帰宅し、ひとりむせび泣いた。
「1・17」が近付くと、いつも死んだ父や友人が夢に出てきて言う。「けえへんの? おいでよ」。毎年、車いすに乗り、導かれるように東遊園地を訪れる。
「まちはずいぶん変わった。でも自分は16年前のまま取り残された。障害を抱えひとり生きるのはつらい。できればおやじや友人に連れていってほしかった」
長い間、手を合わせ続けた石上さんは、周囲の高層ビルを見上げ、そうつぶやいた。
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